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大阪高等裁判所 昭和30年(ラ)240号 決定

抗告人 石井富一

訴訟代理人 清水嘉市

相手方 近藤美代次

主文

原決定中抗告人関係部分を取り消す。

原決定中唐住正関係部分に対する本件抗告は却下する。

理由

抗告代理人は「原決定を取り消す。」との裁判を求め、その抗告理由の要旨は「原裁判所は和解調書にはなんらの誤謬が存在しないのに更正決定をしたものであつて原決定は違法である。抗告人は唐住正に対しては多額の債権存するにつきこれを相手方に話した結果金一一〇、〇〇〇円の支払義務となつたものである。よつて本件抗告に及んだ次第である。」というにあるので、考えてみる。

和解調書は民事訴訟法第二〇三条により確定判決と同一の効力を有するものであるから、同法第一九四条を準用し、裁判所はいつでも申立によりまたは職権をもつて更正決定をすることができるものであるが、それは和解調書に明白な誤謬がある場合に限つて許されるものであることはいうまでもない。原審は本件和解調書の和解条項中の抗告人関係部分すなわち「被告石井は原告に対し金十一万円の支払義務を認め、被告唐住と連帯して昭和三十年八月十五日限り金三万円、同年八月二十一日限り金三万円、同年九月から昭和三十一年一月まで毎月末日降り金一万円宛を支払うこと」という趣旨の記載は誤りであつて、「被告石井は原告に対し金二十万五千円の支払義務を認め、昭和三十年八月十五日限り金三万円、同年八月三十一日限り金二万円を単独で支払い、被告唐住と連帯して昭和三十年八月から昭和三十一年十月まで毎月末日限り金一万円宛(但し最終は金一万五千円)を支払うこと」というのが真実成立した右和解条項の趣旨であり、そう記載すべきであつたのを誤つて表現したものである。右誤謬は明白であるとして、職権をもつてその趣旨の更正決定をしている。しかしながら和解調書における明白な誤謬とは和解調書の記載内容や文言の前後から判断し、あるいは和解調書自体からでなくとも、その事件において従来現われた訴訟資料と対照すれば、調書の表現が誤りであることが看取され、かつ本来表現せらるべきであつたものが知得できる場合であることを要し、和解調書自体からはもちろん、従来の訴訟資料と対比しても、調書の表現に誤りがあり、かつ本来表現さるべくして果されなかつたものが何であるかが推知できない場合には、明白な誤謬ということはできないのである。

ところが抗告人と相手方との間に成立した和解条項の抗告人が認めた債務額が「金一一〇、〇〇〇円」ではなく「金二〇五、〇〇〇円」であること、その支払方法が「第一回金三〇、〇〇〇円第二回金三〇、〇〇〇円、以後昭和三一年一月末まで六回に金一〇、〇〇〇円いずれも相被告唐住と連帯支払」ではなく「第一回金三〇、〇〇〇円第二回金二〇、〇〇〇円の単独支払、なお昭和三一年一〇月末まで金一〇、〇〇〇円宛(最終は金一五、〇〇〇円)相被告唐住と連帯支払」の定であることは、和解調書はもとより本件記録全体にもその片りんすら現われていないのである。そうすると本件和解調書の前示部分には更正を受けるための要件である誤謬の明白性が欠けているものと解するほかはなく、前示部分の更正決定は違法として取消を免れない。

抗告人は原決定中の唐住正の関係部分すなわち本件和解調書中の唐住正が認めた債務額金二〇五、〇〇〇円を金一五五、〇〇〇円と更正し、かつその支払方法を更正した部分の取消をも求めているが、抗告人としては右部分の取消を求める法律上の利益を有しないから、この部分についての本件抗告は不適法として却下すべきである。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判長判事 田中正雄 判事 神戸敏太郎 判事 平峯隆)

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